従業員を育成する方法として、リスキリングやリカレント教育に注目が集まっています。従業員に対する教育という点で2つの言葉は似ていますが、実施する目的などは異なるため注意しましょう。
この記事では、リスキリングとリカレント教育の違いについて詳しく解説します。それぞれの特徴やメリット・デメリットなども紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
リスキリングとリカレント教育の違いを5つのポイントで紹介
リスキリングとリカレント教育は、どちらも新しいスキルや知識の習得を目指す取り組みですが、目的や実施主体は異なります。以下、リスキリングとリカレント教育の違いについて5つのポイントで解説しますので確認しておきましょう。
1.基本的な意味の違い
リスキリングとは、社会や市場の変化に対応するため、従業員に新しいスキルや知識を習得させることです。同じ職種に就いていても、必要な能力は時代によって変わっていきます。従業員に長期的に活躍してもらうためには、社会のニーズに合わせて知識やスキルをアップデートしていくことが重要です。
リカレント教育とは、学校を卒業してからも学び続ける取り組みのことです。就職してからも必要なスキルや知識を習得し、キャリアアップを図ります。能動的に学び続けることで、より大きな仕事にチャレンジしたり、人生を豊かにしたりすることが可能です。
2.実施目的の違い

リスキリングの大きな目的は、企業全体の組織力や生産性を向上させることです。市場の変化や技術革新に対応しながら事業を継続していくためには、従業員を成長させ、組織力を強化することが欠かせません。具体的には、業務効率化、DXの推進、新商品や新サービスの開発などを目的としてスキルの習得を促し、企業の競争力を高めます。
一方、リカレント教育の目的は、新しいスキルや知識の習得により継続的に働ける状態をつくることです。企業の競争力を高めるためにリカレント教育を推奨するケースもありますが、どちらかといえば、従業員個人の成長を主な目的としています。
3.実施主体の違い
リスキリングの実施主体は企業です。社会の変化に対応するために習得すべきスキルを見極め、従業員に対する教育計画を立案します。従業員が効率よく学べるようサポートすることも企業の重要な役割です。ただし、一般的な研修とは異なり、強制的に実施するものではありません。基本的には従業員の希望や意欲に合わせて実施していきます。
リカレント教育の実施主体は従業員です。従業員自身がキャリアアップに必要なスキルや知識を見極め、計画を立てて学習を進めます。自分の目標や興味、キャリアプランに合わせて、学ぶ内容やスケジュールを任意に選択することが大きな特徴です。
4.習得するスキル・知識の違い
リスキリングを通して習得するのは、主にDXやITに関連するスキルです。具体的にはDX推進やITシステムの有効活用を目的として、AI、クラウド技術、ビッグデータ、プログラミング、ネットワークなどについての理解を深めます。最先端の技術を学び、急速なデジタル化に対応していくことがリスキリングの意義といえるでしょう。
一方でリカレント教育において学ぶ内容は、とくに限定されていません。従業員のキャリアプランや興味に合わせて、幅広い内容が選択されます。たとえば、マーケティング、コンサルティング、英会話、プロジェクト管理などが挙げられます。従業員の意思で進めるため、現在の担当業務や企業の方向性とは関係のない内容が選択されるケースもあるでしょう。
5.学び方の違い

リスキリングは企業が主体となって進めるため、従業員は離職する必要はありません。基本的には企業に所属したまま、必要なスキルや知識の習得を目指します。担当業務を離れて学びに専念するケースもありますが、仕事を継続しながら学習を進めることもあります。
リカレント教育の場合は、いったん仕事を離れるのが一般的です。従業員の意思によって進めるため、休職したり離職したりして学習に専念するケースが多いでしょう。必要に応じて大学や専門学校に通ってスキルアップを図るケースもあります。ただし近年は、従業員のスキルアップを図るために、働きながらリカレント教育を受けられるよう制度を整える企業も増えてきました。
リスキリングやリカレント教育が注目されている理由
リスキリングやリカレント教育が注目されていることには、以下のような理由があります。
1.テクノロジーの進化に対応するため
AIやクラウドなどのテクノロジーは急速に進化しています。多くの技術が高度化・複雑化してきており、しっかりと学習しなければ理解できない内容も増えてきました。
ライバル企業も新しい技術を取り入れて事業を展開しているため、市場のなかで取り残されないよう、従業員の教育を通して企業の競争力を高めなければなりません。このような状況のなか、リスキリングやリカレント教育を推進して、従業員のスキルアップを図る企業が増えてきています。
2.終身雇用が崩壊したため

人材の流動化が進んでいることも、リスキリングやリカレント教育に注目が集まる理由です。終身雇用が崩壊し、以前のように同じ会社で定年まで働き続けるケースは少なくなりました。また、AIの進化などにより、なくなる可能性のある職種も増えてきています。
雇用される側の従業員としては、常に新しいスキルや知識を取り入れ、雇用を安定させることが重要です。社会の変化やニーズに合わせてスキルを習得しなければ、キャリアアップや転職も難しいでしょう。
3.経済産業省がリスキリングを重要視しているから
テクノロジーが急速に進化する状況のなか、経済産業省もリスキリングの重要性を指摘しています。経済産業省の資料では、とくにDX時代に対応するため、デジタル技術に関するスキルを習得することが重要であると示されました。(※1)Amazonやウォルマートなど、海外の企業はすでにリスキリングを推進しており、国際的な競争力を高めるためにもリスキリングが重要視されています。
また、経済産業省は「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を展開しています。(※2)キャリアプランに関する相談、リスキリング講座の提供などが主な支援内容です。経済産業省が上記のような取り組みや提言を行っていることもあり、リスキリングやリカレント教育に注目が集まっています。
リスキリングやリカレント教育と似た用語
リスキリングやリカレント教育と似た用語として、生涯学習やアップスキリングなどが挙げられます。それぞれの用語の意味は以下のとおりです。
1.生涯学習

生涯学習とは、年齢に関係なく継続的に学び続けることです。企業からのサポートなどは受けず、自分の興味に合わせて自由に学ぶケースが多いでしょう。
生涯学習の対象となるのは、仕事に関する内容だけではありません。仕事に関するスキルの習得を目指すリスキリングやリカレント教育とは異なり、趣味や家庭生活、健康や文化といった内容を学ぶケースもあります。人生をより豊かにしたり楽しんだりすることが生涯学習の大きな目的といえるでしょう。
2.アップスキリング
アップスキリングとは、すでに保有しているスキルの向上や、知識をアップデートする取り組みのことです。たとえば、エンジニアがプログラミング技術を向上させることは、アップスキリングに該当します。
基本的には新しいスキルの習得を目指すリスキリングやリカレント教育とは、少し異なる概念といえるでしょう。ただし、リスキリングやリカレント教育のなかでアップスキリングが実施されるケースもあります。
3.アンラーニング
アンラーニングとは、これまで習得してきたスキルや知識を捨て、新しいものを取り入れることです。リスキリングやリカレント教育のなかで、アンラーニングが実施されることもあります。
アンラーニングの大きな目的は、時代や社会に合わなくなったものを捨て、自分自身をアップデートすることです。とはいえ、古いスキルや知識をすべて捨てる必要はありません。古いものと新しいものを組み合わせて新しいスキルを生み出したり、必要に応じて使い分けたりすることも重要です。
4.学び直し
学び直しとは、社会に出てからも自主的に学習を続けたり、必要に応じて学校に通ったりすることです。学び直しは、リカレント教育と同じような意味をもつ言葉といえるでしょう。
ただし学び直しでは、仕事とは直接関係のない内容を学習するケースもあります。もちろんキャリアアップや転職などを目的として学び直しを行う場合もありますが、自分自身を成長させたり、人生を豊かにしたりすることを目的として実施する場合もあります。
リスキリングやリカレント教育を推進するメリット
ここでは、企業がリスキリングやリカレント教育を推進するメリットについて見ていきましょう。
1.リスキリングのメリット

企業がリスキリングを推進するメリットは以下のとおりです。
人材不足を解消できる
人材不足の解消につながることは、リスキリングを推進する大きなメリットです。少子高齢化による労働力不足が進むなか、企業は少ない人材で成果を出す必要があります。
リスキリングによって従業員の能力を高めれば、少ない人材でも大きな成果が出ることを期待できるでしょう。新しい人材を採用する必要性が少なくなるため、採用コストの削減にもつながります。
業務を効率化できる
リスキリングを推進すれば、業務効率化を図れます。リスキリングを通してDXやITに関するスキルを習得すれば、システムの導入やペーパーレス化を実現でき、生産性が向上するでしょう。
2.リカレント教育のメリット
リカレント教育を推進するメリットは以下のとおりです。
従業員のモチベーションアップにつながる
リスキリングにも共通するメリットですが、働きながら学べる環境を整えることで従業員のモチベーションが向上するでしょう。また、従業員を大切にしていることが伝われば、従業員満足度やエンゲージメントの向上も期待できます。
人材の流出を防止できる
企業に所属したまま学べる仕組みを構築すれば、従業員は離職する必要がなくなります。一時的に業務に携わる時間が短くなるかもしれませんが、スキルアップした従業員が継続的に活躍してくれることを期待できるでしょう。
リスキリングやリカレント教育を推進するデメリット
さまざまなメリットがある一方で、リスキリングやリカレント教育を推進することには以下のようなデメリットもあります。
1.リスキリングのデメリット
企業がリスキリングを推進するデメリットは以下のとおりです。
制度を整える必要がある
企業としてリスキリングを推進するためには、社内制度を整えなければなりません。制度を利用するための申請方法を決めたり、学習プログラムを検討したりすることも必要です。制度の運用をすぐにスタートできるわけではないため、余裕のあるスケジュールを立てて準備を進めましょう。
効果が出るまでに時間がかかる
リスキリングの制度を整えても、すぐに効果が出るとは限りません。従業員が習得したスキルを活かして活躍してくれるまでには、ある程度の時間がかかるでしょう。中長期的な視点で制度を運用していくことが重要です。
2.リカレント教育のデメリット

リカレント教育のデメリットは以下のとおりです。
コストがかかる
リスキリングにも共通する内容ですが、リカレント教育を推進するためにはコストがかかります。企業に所属したまま学習を進めるため、給与の支払いも必要です。予算に合っているかどうかを確認してから、制度の運用を始めましょう。
他の従業員の負担が増える
ある従業員がリカレント教育を受ける場合、残った従業員で業務を負担する必要があります。業務が滞ったり、不満の声が上がったりする可能性もあるため、業務調整をしっかりと行うことが重要です。
リスキリングやリカレント教育を推進するときのポイント
企業がリスキリングやリカレント教育を推進するときは、目的を明確にしたうえで学びやすい環境やフォロー体制を整えることが重要です。以下、それぞれのポイントについて見ていきましょう。
1.目的を明確にする
リスキリングやリカレント教育を推進するときは、目的を明確にしておくことが重要です。たとえば、ITスキルを習得させてDXを推進したい、従業員のキャリアアップを支援する環境をつくりたいなど、実施目的を明確にしましょう。
目的が明確になったら、具体的な制度設計を行います。学習プログラムの内容や学習期間などを設定しましょう。制度を設計する際は、必要に応じて従業員のニーズを把握することも重要です。
2.学びやすい環境を整備する

従業員がリスキリングやリカレント教育の制度を利用しやすいよう、社内の環境を整えることも必要です。具体的には、勤務時間の調整、業務の再配分、リモートワークの導入などが挙げられます。
また、従業員が制度の存在を知らなければ利用率が上がらないため、ポスターや朝礼などで周知することも重要です。
3.フォロー体制を整える
リスキリングやリカレント教育を推進するときは、従業員に対するフォロー体制を整えましょう。せっかく新しい知識やスキルを習得しても、業務のなかで活かせなければ意味がありません。
能力を発揮できるような業務を与えたり、DXを推進するためのプロジェクトを立ち上げたり、制度を利用した従業員が活躍できる場を創出しましょう。
4.人材の流出を防止する
人材の流出を防止することも重要なポイントです。リスキリングやリカレント教育によって得たスキルをもって、他社へ転職してしまう従業員もいるかもしれません。
せっかくコストと時間をかけて育成した従業員が流出することは、企業にとって大きな損失です。優秀な人材が離職しないよう、学習後のキャリアパスを明示する、評価や待遇を見直すなど、人材を定着させる対策を検討しておきましょう。
リスキリングとリカレント教育の違いを理解して従業員を育成しよう!
今回は、リスキリングとリカレント教育の違いや、それぞれのメリット・デメリットなどを紹介しました。社会の急激な変化に対応したり、従業員のレベルアップを図ったりするため、リスキリングやリカレント教育を推進する企業も増えてきました。
従業員に新しいスキルや知識を習得させれば、業務効率化やモチベーションアップ、新しい商品やサービスの開発などにつながります。ただし、リスキリングやリカレント教育を推進するためにはコストと時間がかかるため、予算やスケジュールに合わせて実施しましょう。
(※2)経済産業省「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」